わくわくさんとゴロリの現在は?終了理由から中の人の秘密まで徹底解説
NHK Eテレの長寿工作番組『つくってあそぼ』で、赤いエプロン姿と軽快な手さばきを見せた「わくわくさん」と、相棒の大きなクマ「ゴロリ」。1990年の放送開始から2013年春の放送終了に至るまで、23年間にわたり日本中の子どもたちを夢中にさせた名コンビは、世代を超えて今なお多くの人々の心に刻まれています。
放送終了から年月が経過した現在、2人はどのようなステージで活躍しているのでしょうか。ネット上で囁かれる番組終了の真相をはじめ、ゴロリを支えた声優と操演の舞台裏、さらにはデジタル空間やステージへと進出した現在の活動実績まで、検証された公的記録と公式発表に基づいてその歩みを解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:わくわくさんこと久保田雅人氏は、シニア世代を迎えた現在もYouTubeや全国の工作ショーで精力的に現役活動を継続。
- 要点2:『つくってあそぼ』の終了理由は不仲やトラブルではなく、NHK教育番組全体の対象年齢見直しに伴う自然な改編。
- 要点3:ゴロリの声を務めた声優・中村秀利氏の逝去という悲報を乗り越え、工作の楽しさを伝える文化は形を変えて受け継がれている。
『つくってあそぼ』終了の真相:なぜ23年の歴史に幕を下ろしたのか
1990年4月のレギュラー放送開始以来、NHK Eテレ(旧・教育テレビ)の代名詞として君臨した『つくってあそぼ』は、2013年3月30日の放送をもって惜しまれつつレギュラー放送を終了しました。終了が報じられた当時、SNS上では「わくわくさんとゴロリの不仲説」や「制作費削減に伴う打ち切り」といった真偽不明の憶測が飛び交いました。
しかし、NHKの番組改編発表や当時のプロデューサー陣の公式見解によると、番組終了の真の理由は「Eテレの幼児・子ども向け番組編成の全体的な刷新」にあります。前身番組である『できるかな』が20年で幕を下ろしたのと同様に、四半世紀近くにわたり1つの教育パッケージを担った番組として、一定の歴史的使命を果たしたという判断が下されたためです。
後継番組として始まった『ノージーのひらめき工房』では、工作の手順をなぞる「手本型」から、子ども自身のインスピレーションを育む「発想型」へとコンセプトの転換が図られました。時代に即した教育的アプローチの更新こそが改編の核心であり、現場のトラブルやネガティブな要因による終了では一切ありません。
ゴロリの「中の人」と声優の秘密:愛され続けた名キャラクターの構造
大きな体と愛嬌のある声でわくわくさんをサポートし、時に器用すぎるハサミさばきで視聴者を驚かせたクマの男の子・ゴロリ。その存在は、卓越した技術を持つ「操演者」と「声優」の見事な二人三脚によって命を吹き込まれていました。
ゴロリの声を23年間一貫して演じ切ったのは、名バイプレイヤーとして数多くの洋画吹き替え(ブルース・ウィリスの吹き替え等)やアニメで活躍した実力派声優の中村秀利さんです。少し低めで温かみのある絶妙なトーンは、やんちゃでありながらもどこか包容力のあるゴロリの個性を完璧に形作っていました。
一方、着ぐるみの内部に入って実際にハサミやのりを操り、繊細な手元演技を担当していたのが操演者の古市次年さんをはじめとする熟練スタッフです。分厚い着ぐるみの指先で極小のセロハンテープを剥がし、正確に紙を切る職人芸は、まさにNHKの人形劇・幼児番組の技術の結晶でした。なお、一部で囁かれた「ゴロリの声優交代説」ですが、レギュラー放送期間中に声優の交代はなく、中村さんが全編を通じてゴロリの声を全うしました。
【比較年表】『できるかな』から続くEテレ工作番組の系譜と重要トピックス
Eテレの工作番組がどのような変遷をたどり、世代を超えて継承されてきたのかを理解するために、主要な歴史的マイルストーンを時系列で整理しました。
| 年代・時期 | 番組名・出来事 | 主要キャスト・担当者 | 特徴・歴史的位置づけ |
|---|---|---|---|
| 1970年〜1990年 | 『できるかな』 | ノッポさん(高見のっぽ)、ゴン太くん | 言葉を発しないノッポさんと相棒のパントマイム工作で一時代を築く |
| 1990年4月 | 『つくってあそぼ』放送開始 | わくわくさん(久保田雅人)、ゴロリ(声:中村秀利) | 会話を交えながら家庭の身近な廃材で玩具を作る新形式へ移行 |
| 2013年3月 | 番組終了・最終回放送 | わくわくさん、ゴロリ | 23年間のレギュラー放送に幕。最終回では2人が感謝のメッセージを伝える |
| 2013年4月 | 『ノージーのひらめき工房』開始 | ノージー(声:古城望)、クラフトおじさん | 手順解説型から、子どもの発想力を自由に伸ばすクリエイティブ形式へ転換 |
| 2014年12月 | 声優・中村秀利氏の逝去 | 享年60歳 | ゴロリの声を長年務めた功績に対し、ファンや関係者から追悼の声が相次ぐ |
| 2019年2月 | 公式YouTubeチャンネル開設 | 久保田雅人(わくわくさん) | ネット配信へ進出し、当時の視聴者(親世代)と新たな子ども層を獲得 |
わくわくさんの現在:YouTube開設と全国を飛び回る工作ショーの現場
番組終了後、わくわくさんこと久保田雅人さんは、拠点をテレビのスタジオから「全国のリアルなステージ」と「インターネット空間」へと広げました。1961年8月8日生まれの久保田さんは、2026年現在で65歳を迎えていますが、その情熱と軽快な語り口は健在です。
2019年に開設された公式YouTubeチャンネル『わくわくさんのチャンネル【公式】』では、かつての『つくってあそぼ』を彷彿とさせる身近な工作アイデアを惜しみなく披露。牛乳パックや紙コップ、割り箸を使った動く工作の設計図は、子育て世代となった当時の視聴者層からも「子どもと一緒に楽しめる」と圧倒的な支持を集めました。
また、久保田さんのライフワークとなっているのが、全国の市民会館や商業施設、保育園・幼稚園を巡る「くぼたまさと 工作ショーカーニバル」です。年間100本を超える過密なスケジュールで各地を訪れ、ステージ上で子どもたちと直接対話しながらハサミを握る姿は、単なるタレントの枠を超えた「工作の伝道師」としての凄みを感じさせます。
【プロの結論】デジタル時代に再評価される「わくわくさん&ゴロリ」の教育的価値
タブレット学習やデジタルゲームが教育現場の日常となった現代において、なぜわくわくさんとゴロリが遺した工作メソッドは色褪せないのでしょうか。その理由は、彼らの工作が「完成された玩具を消費する」のではなく、「自らの手で試行錯誤し、工夫して遊ぶ体験」を根幹に据えていたからです。
ハサミを入れる角度、セロハンテープを貼る位置の微妙なズレによって、飛ぶおもちゃの軌道が変わる——。このリアルな物理法則との対話は、画面をスワイプするだけでは得られない原初的な成功体験を生み出します。久保田氏が現在も紙とハサミにこだわり続ける背景には、子どもたちの指先の感覚と創造力を直接刺激したいという確固たる教育的哲学が存在しています。
さらに、失敗しても「こうすれば大丈夫!」と笑い飛ばすわくわくさんと、それをおおらかに受け止めるゴロリの掛け合いは、ミスを恐れずに挑戦することの大切さを暗に示していました。時代がどれほどデジタル化へシフトしようとも、彼らが提示した「手作りの温もりと創意工夫の尊さ」は、普遍的な学びの原点として輝き続けています。
【わくわくさんゴロリ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:わくわくさんは本名ですか?現在の年齢はいくつですか?
A1:本名は久保田雅人(くぼた まさと)さんです。1961年8月8日生まれで、東京都出身。2026年の誕生日で65歳を迎えますが、トレードマークの赤いキャップと黒縁メガネ姿で今も精力的に活動しています。
Q2:ゴロリの声優だった中村秀利さんが亡くなった後、ゴロリは再登場していますか?
A2:中村秀利さんは2014年12月に60歳で逝去されました。レギュラー番組終了後、特番やアーカイブ企画などでゴロリの過去映像が放送されることはありますが、新たな収録において声優を変更して恒常的に活動している事実はありません。
Q3:前番組『できるかな』のノッポさんとは共演したことがありますか?
A3:番組の交代期やNHKの特別番組などで共演を果たしています。『つくってあそぼ』の放送開始時にもノッポさんからバトンを受け取る形でスタートしており、高見のっぽさん(2022年逝去)のイズムを受け継いだ正統な後継者として知られています。
まとめ:世代を超えて受け継がれるものづくりの原点
わくわくさんとゴロリが画面を通じて届けてくれたのは、単なる工作のテクニックではなく、「身の回りにあるものは、自分の手でいくらでも楽しいおもちゃに変えられる」という自由な創造の喜びでした。
番組が終了し、パートナーであった中村秀利さんの旅立ちという悲しい出来事を経てもなお、久保田雅人さんは赤いエプロンを身にまとい、全国の子どもたちやかつての少年少女に向けて笑顔でハサミを握り続けています。テレビの枠を飛び出し、YouTubeやステージで広がり続けるその活動は、ものづくりの楽しさが決して色褪せることのない普遍的なものであることを証明しています。 (出典: わくわく さん ゴロリ(Yahoo!ニュース))